地下鉄日比谷線車両脱線事故・原因と対策


作成:佐藤国仁(技術士、機械部門)
sato@sato-rd.co.jp

地下鉄日比谷線の脱線事故について、現時点での私的見解をまとめた。
原因は、横圧増加、フランジ・レール間の摩擦係数増加、輪重抜けが重なったためと思われる。
対策として、全ての車両に脱線検知装置を設置することを提案する。
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1.原因
2.対策
3.事故調調査対象10項目について(3/21)
今後の更新予定
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1.原因

 今回の地下鉄日比谷線車両脱線事故の原因は、ドイツ鉄道ICE事故の原因が、金属疲労による車輪の欠損と確定されたようには、明確な結論を得られない可能性が高い。
 いま確かと思われることは、脱線はいわゆる「せり上がり脱線」によって発生したということである。
 それではせり上がり脱線がなぜ発生したのか。現時点で推定可能な範囲の論証を述べる。

1.1 原因の候補
 第1は、車輪の横圧の発生である。これは線路曲線の半径が小さくなるほど大きくなると考えて良い。すなわち急曲線の方が、脱線しやすくなる。
 第2は、フランジとレールとの間の摩擦係数の大きさである。これはレール塗油あるいはレール側面、フランジ側面の表面の状態(切削状態も含む)によって変わる。塗油等が無く摩擦係数が上がると脱線しやすくなる。
 第3は、輪重の減少(輪重抜け)である。輪重とは、車輪がレールの上に乗って車体の重量を支えているときの、その支えている重量が何かの原因で少なくなってしまうことを指す。例えば電車が左から猛烈な風を受けたときには、右側の車輪にかかる車体重量が増え、左側の車輪にかかる車体の重量が減ることが想像できるだろう。さらに風が強くなれば、ついに左の車輪にかかる車体の重量がゼロとなって浮き上がってしまい、ついに転覆してしまうわけである。
 このように本来、全ての車輪に均等にかかるべき車体の重量が何かの理由で、アンバランスとなってしまい、車輪にかかる車体の重量が減少してしまうことを「輪重抜け」と呼ぶ。この現象は、線路の敷設状態、運転状態、車両の設計の多岐にわたる項目に影響される複雑な現象である。以下これをもう少し詳しく述べる。

1.2 空気ばね車両の輪重抜け現象
【車両の空気ばね】
 今回脱線事故を起こした車両は、1両につき2つの台車があり、おのおのの台車は左右2つの空気ばねを備えて、車体を支えている。すなわち1両につき4つの空気ばねで車体を支える構造となっている。これは国内のほとんどの鉄道車両に共通の構造である。
 空気ばねは、車体の重さが変動する(乗客の多い少ないによって大きく変わる)ため、そのままでは、重い場合は沈み込み、軽い場合は浮き上がってしまう。そのため高さ調整弁と呼ばれる装置があり、空気ばねに圧縮空気を出し入れして、常に一定の高さを保つよう調整をしている。この弁は純機械的な構造でできており、駅に停車中も、走行中も常に一定高さを保っている。

【線路と車両の関係】
一方、線路もできる限り平面を保つように敷設されていることは当然であり、そのような線路上を走行する限りは、線路は平面、車両の4つの空気ばねも同じ高さとなって何の問題も発生しない。

【曲線では】
 しかし曲線の場合は車両に、曲線外側方向に遠心力が働くためそれをなるべくうち消すため、車体を曲線内側に傾けるよう線路が敷設される。これを「カント」と呼んでいる。すなわち飛行機が機体を斜めに傾けて旋回するように、外側の線路を内側の線路より高くして、車体を内側に傾けるのである。
 ただこの場合でも、1両の前と後ろの2つの台車は同じだけ内側に傾いているので、4本足の机を、全体が傾いた場所においたときのように、傾いたなりに安定している。すなわちがたついたりすることはない。これは電車の場合には、輪重抜けが起こらないことを意味する。(正確には、アンバランスによる輪重抜けが起こらないということ。車体全体が傾くことによる、平均的な輪重抜けは発生する)

【直線と曲線がつながるところで問題発生】
 問題は平面に敷設された線路(直線部分)と、カントによって片側が高く敷設された線路(曲線の場合)との接続部分に発生する。この接続部分には、右と左の2本の線路をねじれたような形で敷設せざるを得ない。一方、車体は4つの空気ばねが等しい高さとなるように支えている。そうすると、でこぼこした床の上に4本足の机を置いたような状態となる。このとき机はきちんと置かれず、がたがた不安定となってしまう。がたがたするということは、車輪が浮いてしまうことを意味する。実際にはそんなに極端にはならないで、本来の車体の重量のある程度の部分が減少することとなり、「輪重抜け」が発生することとなる。
「輪重抜け」は、脱線を引き起こす重要な原因の一つとして常に重視されている現象である。

【低速で走行すると輪重抜けがおきやすい】
 高さ調整弁によって、車体の高さを一定に調整する作用は、ゆっくりと行われる。一方直線と曲線のつながりの部分で線路がねじれて敷設される距離は短い距離である。そのため電車が速い速度で走行している場合は、線路がねじれた部分を短時間に通過してしまうので、輪重抜けはほとんど発生しない。これはごく低速で走っているときに特に発生しやすい現象なのである。
 20年から30年以前、小田急本線、東急東横線にて発生した脱線事故は地下鉄日比谷線と同じくごく低速で、曲線と直線の移行区間を走行中に発生している。

【輪重抜けを低減する装置は付いている】
 実際の車両にはこのような輪重抜け現象を軽減する装置が備えられている。差圧弁という。一つの台車の右と左に取り付けられている2つの空気ばねの圧力差が一定の値まで増加すると、それ以上圧力差を発生させないようにする装置である。しかし、特に通勤車両の場合は乗客数が極端に変動したり、線路条件や運転条件が厳しかったりして、輪重抜けを完全に防止しきれないことがあり得る。

1.3 地下鉄日比谷線脱線事故の原因
 今回の地下鉄日比谷線の脱線事故について、工学的に厳密な評価が済んでいないので、諸条件が不明であり、ここで説明したようなメカニズムが実際に主原因となったかどうか、横圧、摩擦係数、輪重抜けの3つの原因がどのように作用したかはまだ明確でない。しかしこの3つの要因が脱線の主要原因であることは確かである。この要因によって、「せり上がり脱線」が生じたということは、確かだと思う。
 つぎに最も重要で困難な問題は、これまで無事故でたくさんの車両が通過してきたあの事故現場で、なぜ「あの車両」が、なぜ「あの地点」で、なぜ「あの運転状態で」脱線してしまったのかを特定することである。先に挙げた3つの要因が、通常発生する範囲の程度であったならば、脱線には至らないことは、これまで何十年も無事に走行してきたことから明らかである。
 この点は、鉄道事故調査検討会が調査し発表するであろう結論を待つこととなる。

1.4 報道されているその他の原因の評価
 なお現時点で、新聞、TV等で断片的に伝えられる情報がいくつかある。
 その1つは、事故を発生させた同じ編成の車両では、最後尾車両の前の台車の車輪が制動時滑走しやすいとの報道である。鉄道関係の専門誌の論文であるので、解析結果そのものは十分に信頼できると思われる。しかもこれは今回脱線した台車がまさにこの台車であり、重要な情報である。この論文によれば、最後尾車両は(先頭車も同様だが)、車両の後端部に運転室があるため、そちらが重くなり、反対側が軽くなるために滑走しやすいと述べられている。車輪の滑走そのものは脱線には関係ないが、台車にかかる重量が軽くなるということは、脱線し易くさせる要因である。この点は今後検討が必要である。
 2つめは、車体がアルミ製で軽量にできているから脱線し易いという指摘である。これは車両全体の設計のバランスの問題であり、単に、軽いから脱線しやすいといういいかたは必ずしも正しくない。ただ、鋼鉄製の車体やステンレス製の車体であったらあのようにいとも容易く車体側面が大破してしまうことは防げたかもしれないとは言える。車体がへこむ程度で済んでいれば、あのような大惨事に至らなかったことは確実である。


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2.対策

脱線検知装置による即時停止システムを鉄道安全システムに加える

2.1 これまでの鉄道の安全確保の考え方
 これまで鉄道の安全は、絶対に脱線させないことを目指して、設計、製造、運転、保守がなされてきた。これは当然の目標であり、今後もそのように維持管理されるべきである。ただそれとは別に、脱線事故を100%無くすということも、人間および機械がなすことである限り、無理なことといわざるを得ない。
 そうすると万一脱線してしまったときの安全対策もさらに考えなければならないこととなる。その一つの回答として、万一の脱線時、それを瞬時に検出して、非常停止するという「脱線検知システム」を、鉄道の新たな安全システムとして組み込むことを提案したい。

2.2 脱線検知の重要性
 意外と思われるかもしれないが、車両が脱線したことを運転士はなかなか知ることができないものである。先頭車が脱線したのであればもちろん運転士はすぐに気付く。しかし、後続車両が脱線しても、線路を大きくはずれないで、編成がそのまま保たれて走っている限り、運転士にそれを気付かせる手段が備わっていない。今回の地下鉄日比谷線の事故でも、新聞等の情報を見る限り、運転士は脱線を気づかなかったようである。ドイツで100名が亡くなったICEの事故も、運転士は最後までなにが起こったか気がつかなかったと伝えられている。これらはいずれも運転士を非難することはできない。だれが運転していても同じ結果となったであろうからである。
 そして重要なことは、鉄道は脱線しただけでは、直ちに大災害になるものではない、ということである。脱線の後、転覆、転落、激突、火災等によって、車体が大破してしまう、土砂に埋没してしまう、転落して水没してしまう、火災が発生するなどにいたらなければ、最小の被害で収まることが多い。もちろん最小の被害も避けなければならないが、少なくとも大災害に至ることをまず防止すべきである。そのためには脱線を瞬時に検出して直ちに停止することである。
 地下鉄日比谷線事故の場合、脱線してから衝突まで、50mないし60m程度走行しているようである。脱線したときの走行速度を時速40kmとし、脱線検知装置によって脱線を検知し、通常の非常ブレーキの程度で減速したとすると60m〜70m程度で停止できたはずである。停止までの距離の試算の結果は、衝突を完全に回避できたとまでは言えないが、ある程度軽減することが可能であったという推定は成り立つ。
 ドイツ鉄道の場合は、列車が激突した道路橋の手前5kmの地点で、車輪の破損が生じており、停止までの十分な距離があった。ここで脱線検知装置が作動し、急ブレーキをかけていれば、人の傷害をゼロとすることができたはずである。
 地下鉄日比谷線はガードレールの設置基準を今後厳しくするといっている。とりあえず事故現場には事故翌日すぐに取り付けられた。ガードレールはせり上がり脱線を確実に防止することができる。それゆえ直ちに前線にすぐにでも取り付けるべきかもしれない。ただガードレールを取り付けると、線路の保守点検作業にかなりの支障を与えると聞いている。この方面への副作用を考えると、ただガードレールを全線に付ければ良いというものでもないかもしれない。
 一方、脱線検知装置は、簡単で実用的なシステムがすでに機械学会にて、佐藤(東急車輌、当時)によって発表されている。
 鉄道は、これまで安全システムの完全さ、レベルの高さにおいて、工学の頂点に立っていた。信号システム、ブレーキシステムにおけるフェールセーフシステム、多重系システムがそれである。それらの技術による安全確保がほぼ完成した現在、これまでは人間の注意力に依存してきた課題、考えることができなかった課題に対しても、安全システムの網を広げなければならない。いま動き始めた課題としては、ホームドアの設置であり、衝突後の車体の安全性の確保であり、脱線後の車両の安全の確保である。安全システムの拡大、新たなシステムへの移行を、速やかに進ませることが、鉄道関係者の使命であると考える。

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地下鉄日比谷線日比谷線脱線事故、速報【3/21】


事故調調査対象10項目について


1.事故要因10項目の内容
運輸省の鉄道事故調査検討会(事故調と呼ぶ)は3月16日、地下鉄日比谷線脱線衝突事故の要因として次の10項目を挙げた。この要因について、「明確に否定できる場合を除き、推定できる要因を広く集めた。今のところ、それぞれの可能性に大小はない」としている。
(1)急勾配中の急カーブ出口など線路地形
(2)停止状態の車輪にかかる荷重(輪重)のアンバランス
(3)空気ばねの調整、動作状況などの不具合
(4)台車の設計、組立、調整の不具合
(5)車輪のレール接触面の形状、左右のずれなど
(6)レールの高低差、幅、ゆがみなど
(7)レールの研磨状態
(8)塗油器の動作状況や油の成分の影響
(9)脱線時の速度やブレーキのかけ方などの運転パターン
(10)車体の剛性、ねじれ、連結器の影響
(以上、3月17日、朝日新聞による)

2.10項目の評価
(1)事故調は「明確に否定できる場合を除き、推定できる要因を広く集めた。今のところ、それぞれの可能性に大小はない」としている。通常、脱線の原因となるはずの車輪の欠損、レールの欠損等の要因が挙げられなかったのは、事故直後の調査によって、これら外観で直ちに判明する欠陥は発見されなかったためであろう。
(2)脱線は、車輪がレールを外側に押しつける力(横圧)と、車輪がレールを上から下に押しつける力(輪重)の比で、起こり易さが定まる。そして、車輪フランジとレール側面との間の摩擦係数の大小が、この起こり易さをさらに増加させる。脱線を引き起こす直接要因はこれで全てである。あとは、なぜ横圧が大きくなるのか、輪重抜けが発生するのか、摩擦係数が大きくなってしまうのかという問題となる。
(3)事故調が挙げた10の要因は、その意味で、全て横圧、輪重、摩擦係数に関するものである。それゆえこれら要因は全て事故を引き起こした可能性があり、もっともなリストアップだと考えられる。

3.10項目各論
10項目のそれぞれに、若干のコメントを加えれば次のようである。
(1)「急勾配中の急カーブ出口など線路地形」については、S字カーブの入口・出口における緩和曲線、カント逓減率の実際の測定値。勾配も上昇、平坦、下降となっているはずで、それらの実際の測定値が必要。
(2)「停止状態の車輪にかかる荷重(輪重)のアンバランス」については、停止状態に限定せず、低速走行中の輪重抜けについてのシミュレーションおよび実験が必要。ただこれを実際に実験にて求めるのは実はかなり難しい。というわけは、輪重抜けは、高さ調整弁、差圧弁等、工学でいう非線形要素を含むので、多くの回数の実験を積み重ねないと起こり得る全ての状態を試験したことにならないという理由のためである。
(3)「空気ばねの調整、動作状況などの不具合」については、特に4つの空気ばねに付属する高さ調整弁のレバーの調整、高さ調整弁の上下不感帯設定、時間遅れ設定値、差圧弁動作圧等の特性が精査されるべきである。
(4)「台車の設計、組立、調整の不具合」については、車軸軸箱を前後方向に支えるばね(ゴム)剛性、軸ばねの高さ調整、車軸取り付けの平行度等の評価が必要である。
(5)「車輪のレール接触面の形状、左右のずれなど」については、車輪のレール接触面(車輪踏面)の形状は重要である。
(6)「レールの高低差、幅、ゆがみなど」も大変重要な要因である。ただ事故後、線路をはずしてしまっているので、事故当時のレール状態がどれだけ再現できるかがポイント。
(7)レールの研磨状態
(8)塗油器の動作状況や油の成分の影響
(9)「脱線時の速度やブレーキのかけ方などの運転パターン」も脱線の要因として重要である。運転パターンによって横圧の発生、輪重抜けの発生に影響を与えるからである。
(10)「車体の剛性、ねじれ、連結器の影響」も横圧、輪重抜けの発生に影響を与える。

4.事故調への期待と要望
(1)地下鉄日比谷線事故は、事故調の力が試される事案となった。
(2)事故調は、信楽高原鉄道事故のあと、遺族会の強い働きかけがあってやっとできあがった組織である。ただ当初の目標に比べ、権限、予算、組織いずれも低いものに留められてしまった経過もある
(3)事故調は、事故後、事故を解析するに重要な部品等は全て警察に押収されてしまい、今後実物車輌を事故現場を走行させて試験をするために、事故車の台車を返還してくれと、警察に申し込まなければならいような状態にある。米国の事故調査委員会(NTSB)が、免責特権まで持って事故原因の究明にあたることと、雲泥の差があるといわなければならない。
(4)事故調の最も大きな使命は、調査結果の十分な公開であると思う。1993年10月5日の大阪ニュートラム事故の場合、大阪市交通局ニュートラム事故調査委員会は、同年11月詳細な事故調査報告書(中間報告)を作成した。このときの事故原因は、保安回路のリレー接点溶着であり、これと同じようなリレーの使い方はよく行われている方法であった。そのような類似使用例に対する警告を発したという点で、この報告書は大変重要な報告書であった。日比谷線脱線事故の原因がなにと特定されるのかあるいは特定されないまま終わるかもしれないが、いずれにしても、その調査経過と調査結果は、広く公開されなければならない。それによって初めて、この悲惨な事故の教訓を幅広く伝え、再発を防止することができるのだから。


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【今後の速報予定】

日比谷線脱線事故の特長

鉄道の安全確保について

地下鉄日比谷線の責任について

鉄道と自動車の安全比較

再発防止策
                   −以上−
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